樋口一葉の手紙「私の心の真ん中には」
差出人:樋口夏子(1872-1896)
受取人:伊東夏子(1872-1946)
1894(明治27)年4月末

先日あなた様のお言葉で、友情が至深であるというお話をうかがったことはあったが、まさかそれほどではなく私は素通りでありました。それで昨日のお歌で「いぶせきなかを」とおっしゃっていたあれを拝見しました時に、私は本当に涙を流し申しました。
うぬぼれの強さだよ、とお笑いになるならそれまでですが、嘘はおっしゃらなくてあなた様のご本心から出たものだと思えば、うれしいようなもったいないような、何とも言えずに悲しいようにも思われて、ただただ私はあなた様が可愛くて可愛くて、お手紙を抱いてむせび泣いているのであります。笑わないでほしい。花色の衣裳も浮世の恋愛も知らん、枯れた木死んだ灰のような私にもこの涙はある、思えば我が恋の本体はお前様でございます。自分は社会の現実を知り得たとかどうなのか、でもだからこそなのか、今日からの小説あるいは歌や文章のどれにおいても、あなたの面影を胸に浮かべて書くことを、許してほしい。
私はあなたの名前を思い出す時、心が生きるように思われる。だからなのです。
(原文)
去る比お前様の御言葉に友情の至深なる物語を承りたることはありしがよもそれ程にはなく私はけなしたるものに御座候、さても昨日のお歌にいぶせきなかをと仰せられたるあれを拝見いたしたる時に私は真に涙をこぼし申し候、うぬぼれの強さよと笑わせ給わばそれまで、偽りはのたまうまじく御前様の御実情より出たるものと思えば嬉しきようなもったいなきような何とも言われず悲しきようにも思われてただただ私はお前様の可愛く可愛く御文を抱きてむせび泣きたる御座候、笑わせ給うな花色衣浮世の恋は知らで枯木死灰のごとき我にもこの涙は御座候、思えば我が恋の本尊はお前様に御座候、我は浮世の誠をみとめ得たるにもこそ候え、今日よりの小説もしくは歌文章の何方にも君が面影を胸に浮かべて筆とるをば許し給え、私はお前様の御名を思い出るとき心の生きるように思わるればに御座候。
樋口夏子:筆名「一葉」私塾『萩の舎』で伊東と知り合った
伊東夏子:『萩の舎』塾生、母親は徳川鷹匠由来の老舗オーナー
コメント
コメントを投稿