連合艦隊解散の辞
連合艦隊解散の辞 1905(明治38)年12月21日 話者:東郷平八郎(1848-1934) 起草者(推定):秋山真之(1868-1918) 1904年から05年にかけての日露戦争において、日本国連合艦隊は日本海沖でロシア艦隊を迎撃して事実上全滅させ、世界を驚愕させた。 戦後に艦隊が通常編成に戻るにあたり、東京湾内において旗艦「朝日」(戦時は「三笠」)の艦上で解散式が行われ、東郷司令長官が読み上げた。アメリカのルーズベルト大統領がこれに感動し 、翻訳して全軍に配布した。 文案は、作戦を一貫して担当した秋山参謀によるものと考えられている。 20か月の対外戦争はすでに過去のものとなり、われわれ連合艦隊はいまやその任務を完了し、ここで解散することになりました。 けれども我ら海軍軍人の責務は、決してこれによって軽くなるわけではありません。 この戦役の成果を永遠に完全なものとし、さらにますます国の運を高め続けてゆくには、平和な時も戦いの時も、最初に外国と対決すべき海軍が常にその武力を海洋に保全し、いざという時に立ち向かう覚悟を持っていなければなりません。 そして武力というものは、艦船や兵器といったものだけではありません。それを活用するかたちのないもの、つまり実力のことなのです。百発百中の一砲が百発一中の敵砲百門に対抗できることを実感したならば、我々軍人はまず、武力をかたちのないものに求めないわけにはゆきません。 前回我が海軍が勝利を得たのも、至尊の霊徳に頼るところが多かったとはいえ、それでもやはり平素の鍛錬がその原因をなしていて、それを戦役に結びつけたのだから、過去によって将来を推測するときには、対外戦争が休止したといっても安心して休息してはいけないところがあると考えるのです。 思うに、武人の一生は連綿不断の戦争であり、平和な時であれ戦いのときであれその責務に軽重があるわけがありません。事あれば武力を発揮し、事なければそれを修養し、終始一貫その本分を尽くすだけです。過去の一年半年あまり、あの風濤と戦い、寒さ暑さに抗らい、しばしば頑敵に出遭って生死の境を行き来したのはもちろん容易なことではなかったが、思えばこれもまた長期の一大演習であり、これに参加していくつも啓発の機会を得たのは、武人の幸福として比べるものがない。 これを出国戦の辛苦といって足りるのか。そして...