徒然草「猫又」
徒然草(つれづれぐさ)
作者:吉田兼好(1283頃-1352以降)
成立:1349年頃(南北朝時代、足利尊氏44才、作者66才頃)
89「奥山に猫またといふもの」全文

作者:吉田兼好(1283頃-1352以降)
成立:1349年頃(南北朝時代、足利尊氏44才、作者66才頃)
89「奥山に猫またといふもの」全文

山奥にはネコマタというものがいて「人間を食べるらしい」と誰かが言った。
そして「山でなくても、このあたりでも猫が年をとって猫又になって、人を狩ることはあるだろうに」と言った人もいた。
それで、京都行願寺の付近に、何のアミダブツ宗派なのか、リレー詩「連歌」をしている僧侶姿の人がいた。聞いて「一人歩こうという境遇なら気を付けなくてはいけないな」と思っていた。
そして「山でなくても、このあたりでも猫が年をとって猫又になって、人を狩ることはあるだろうに」と言った人もいた。
それで、京都行願寺の付近に、何のアミダブツ宗派なのか、リレー詩「連歌」をしている僧侶姿の人がいた。聞いて「一人歩こうという境遇なら気を付けなくてはいけないな」と思っていた。
ちょうどそのころに、ある所で夜遅くまで詩の会があって、ただ一人で帰ってゆくと、小さな流れの切れ目のところで話に聞いた猫又、正確に足元にスッと寄ってきて、そのまま抱き付きながら首のあたりに食い付こうとする。
気が遠くなり体も動かず、防ごうとするが力もなく足も立たず、流れに転げ入って「助けてや、猫又やよ、猫又やよ」と叫ぶので、家々からタイマツを燃やして走り寄って見ると、このあたりで見知ったお坊さんだ。
「こりゃなんと」と水の中から抱き起こしてみると、詩の賞品としてもらった扇や小箱などをふところに持っていたけれど、それも水に浸かっていた。
奇跡的に救助された状態で、這い這い家に入ったのでした。
「飼っている犬が、暗くても主人を認識して、飛び付いていた」とのことです。
(原文)
気が遠くなり体も動かず、防ごうとするが力もなく足も立たず、流れに転げ入って「助けてや、猫又やよ、猫又やよ」と叫ぶので、家々からタイマツを燃やして走り寄って見ると、このあたりで見知ったお坊さんだ。
「こりゃなんと」と水の中から抱き起こしてみると、詩の賞品としてもらった扇や小箱などをふところに持っていたけれど、それも水に浸かっていた。
奇跡的に救助された状態で、這い這い家に入ったのでした。
「飼っている犬が、暗くても主人を認識して、飛び付いていた」とのことです。
(原文)
八十九段 奥山に猫またといふもの
「奥山に猫またといふものありて、人をくらふなる」と人のいひけるに「山ならねども、これらにも猫の経あがりて猫またになりて、人とることはあなるものを」といふ者ありけるを、何阿弥陀仏とかや、連歌しける法師の行願寺のほとりにありけるが聞きて、ひとりありかむ身は心すべきことにこそと思ひけるころしも、ある所にて夜ふくるまで連歌にてただひとり帰りけるに、小川のはたてにて音に聞きし猫また、あやまたず足のもとへふとより来て、やがてかきつくままに頚のほどを食はむとす。肝心も失せて、防がむとするに力もなく、足も立たず、小川へころび入りて「助けよや、猫またよや、猫またよや」と叫べば、家々より松どもともして走りよりて見れば、このわたりに見知れる僧なり。「こはいかに」とて川の中より抱き起こしたれば、連歌の賭物取りて扇小箱など懐に持ちたりけるも水に入りぬ。希有にして助かりたるさまにてはふはふ家に入りにけり。
飼ひける犬の、暗けれど主を知りて飛びつきたりけるとぞ。
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